26.2007年 マックスの意思「Yes」「No」
2007年
マックスがアリソン先生のABAプログラムを始めてから2年半が過ぎた。
フラッシュカードなどでかなりの言葉も覚えた。
少しずつ自信も出て来たのか大きい声で答えるマックスの声が
セラピールームから聞こえる様になる。
定例の1ヶ月にいちどのチームミーティングのある日、
みんなの見つめる中でマックスのセラピーが始まった。
言葉が出て来たマックスに「5秒以内に答える」と言う課題目標があたえられる。
「 What is this?「」 セラピストのシェリーさん
「・・・・」10秒後
「Apple 」とマックス
ちゃんと答えているが10秒かかってしまう。
このやり取りが15分以上続いてマックスは泣き出してしまった。
参加していたマミーはマックスがかわいそうで胸が痛くなった・・
でも口を出さずにその日のミーティングを終えた。
参加していたフリーのセラピストは、
「あのやり方は間違っている。あれがワシントン大学の専門家?教授?」と憤慨。
これらの不安が現実となってしまった。
やっと声も大きくなり答える事が出来る様になったマックスが、
その日を境に全く口を開かなくなってしまったのだ。
きっとマックスも傷ついてしまったのだろう… 。
やっと少しだけ自信が出て来て大きな声(と言っても普通の子供の話し声よりまだ小さ
いが)が出せる様になったばかりのマックスには、
厳しさが裏目に出てしまった様である。
それから数週間すると小さい囁き声を出し始めた。
この囁き声は、そから半年間続いた。
元の大きな声が出る様になるのにそれからさらに三ヶ月かかった。
アメリカでは起訴社会なので決して非を認めない様だが、
アリソン先生もセラピストもそんなマックスを見ても
自分達には非はないと言う態度を取り続けた。
1年後マックスが元気になった頃アリソン先生は「I am sorry」と娘に謝った。
1年近くを棒に振ってしまった事になる。
結局その後、マックスはABAセラピーを嫌がり、
とても受けられる状態ではないのでアリソン先生のプログラムを中断する。
自閉症の改善には、小さい内に脳を常に使う事が大切らしいので
ABAセラピーを中断することは残念だが、
マックスがやる気を出してくれるまで待つ事にした。
ワシントン大学のプリスクールの先生をしているジュデイさん(アリソン先生の教え
子)にマックスに合うプログラムを作ってもらいスタートする。
ABAプログラムはアカデミックな要素が多いがマックスの場合は、ソーシャルスキルに
重点を置くプログラムに変更した。基本的な挨拶などが中心のプログラムである。
マックスは「Yes」「No」で自分の意思を表せない。
まず、この「Yes」「No」、をはっきり言える事を第一の目標にセラピーが始まる。
何をやるにもマックスの場合は時間がかかるが、
「Yes」「No」も一年がかりでどうにか自分の意思を言える様になって来た。
定型発達の子供にとっては、なんでもない「Yes」「No」だが
マックスにとっては、
初めて自分の意思を“言葉”で相手に伝える事の出来た第一歩であった。